〈神宮〉
日本書紀の時代において、神宮と記載があるのは三社だけでした。
その後、延喜式神名帳では大神宮として、伊勢神宮内宮、鹿島神社、香取神社が神宮として記載されています。
明治時代に天皇や、皇室の先祖を神とする神社の一部が社号を神社から神宮と改めました。しかし、仁徳天皇を祀る難波神社や高津宮は神宮とは名乗っていません。第二次世界大戦終戦までは、神宮を名乗るためには勅許が必要でした。つまり天皇の許可です。戦後は神社の国家管理は廃止されています。
しかし、神宮を名乗るためには特別な由緒を持つ神社に限られています。神社本庁の承認が必要だったからです。
札幌神社は北海道神宮と改名され、伊弉諾神社は伊弉諾神宮に、彦山神社は英彦山神宮に改めました。
日吉神社は祭神に天皇を増祀して、新日吉神宮としました。出雲神社は出雲大神宮に改めました。
すでに、国家の管理ではないので、名乗るのに、制限はなくなっています。
由緒正しい神社は歴史が古い神社と言っても良いようです。
石上神宮 布都御魂 (ふつのみたま)は明紀神話に現れる霊剣です。拝殿裏の禁足地に埋められていたのを、明治7年、当時の宮司によって発掘されました。形状は内反り片刄の鉄刀です。
八咫鏡や勾玉、草薙の剣のように、神話のなかのことだと思われていた三種の神器が、今でも継承されていることを、皇位継承の式典で見て驚きました。
神話の世界が脈々と語り継がれている不思議。出雲大社の神殿の柱跡も平成12年〜13年に発掘されています。神話の巨大神殿が実在していたことが、証明されたのです。日本書紀の頃どころか、天照大御神から大国主命が国譲りをされた際に、立派な神殿を建てて欲しいと願い出たことにより、築かれたとされています。
宮司家に代々伝わる巨大神殿の平面図があります、ただ、高さが48メートルとなると、技術的に無理ではないかと、神話の中のことだと見られていました。大林組が、プロジェクトを作り、当時の技術で可能であることを証明しようと、取り組んでいた折に3本柱の発掘がされました。ニュースで見た方も多いのでは? 日本の神話、は歴史書になるのでしょうか?
まさに悠久のロマンですよね。