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愛宕神社

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愛宕神社

京都市右京区

京都の愛宕神社が総本社で、防火、防災に霊言があるとされています。全国に九百社あるとされています。

旧称は阿多古神社

神仏合祀時代は白雲寺 愛宕権現を祀っていました。愛宕権現の本来の姿は「勝軍地蔵菩薩(しょうぐんじぞうぼさつ)」という地蔵菩薩、つまりお地蔵さんです。勝軍地蔵は蓮華三昧経という経典に出てくる、悪行煩悩の賊軍を斬る剣を持つというお地蔵さんです。ご利益は戦勝です。勝軍地蔵は日本独自地蔵であり、蓮華三味経も日本で作られた偽経といわれています。

大宝年間(701~704年)に修験僧の祖である役行者と修験僧・泰澄が愛宕山に登り、朝廷の許しを得て、山頂に神廟を建立しました。

このとき、愛宕山にやってきた役行者と泰澄の前に姿を現したのが、「太郎坊」という名の天狗です。

 

愛宕山の太郎坊天狗は非常に霊力が高い天狗とされています。日本には特に霊力が高い天狗が八人いると言われているのですが、愛宕太郎坊天狗はなんとその筆頭。円行者と泰澄の前に姿を現したときは、9億4万あまりもの眷属を引き連れていたと伝わっています。太郎坊天狗はやがて、愛宕山の信仰の中に取り入れられていきました。平安時代に天狗信仰は広まってました。平安時代末期に藤原頼長の日記に愛宕山の天狗とそのたたりに関する記述が残っています。

また、平安末期の安元3(1177)年に京都で起こった大火事は、太郎坊の名をとって「太郎焼亡(たろうしょうぼう)」とも呼ばれました。

こういった経緯から、愛宕神社奥の院には太郎坊天狗が祀られていたのです。

 

祭神は伊奘冉命(イザナミノミコト)、埴山姫神(ケニヤマヒメノミコト)、天熊人命(アメノクマヒトミノミコト)、我産霊神(ワクムスビノミコト)、豊受姫神(トヨウケヒメノミコト)、雷神(イカヅチノカミ)、迦偶槌命(カグツチノミコト)、破无神(ハムシノカミ)、大黒主命(オオクニヌシノミコト)以下十七柱。

修験道の祖とされる、役小角と白山の開祖泰澄によって開かれました。

 

明治の神仏分離により、白雲寺は廃絶されて愛宕神社になると同時に、勝軍地蔵は京都市西京区大原野金蔵寺に移されました。

本能寺の変で、明智光秀が参拝し御神籤を引いた太郎坊の天狗は有名な話しです。

 

 

【御利益】

愛宕神社は火に関連する事柄(防火、防災)、印刷・コンピュータ関係の仕事、商売繁昌や恋愛・結婚・縁結びなどにご利益があると言われています。

 

【全国の愛宕神社

祭神は火産霊命(ホムスビノミコト)

秋葉神社主祭神でもあります。伊弉諾、伊奘冉の間にできた三十五柱目の神様です。建御名方神タケミナカタノカミ)は火産霊の血から生まれています。

【東京愛宕神社

港区愛宕に有ります。

出世の神様として、ビジネス街においても出世祈願に訪れる人がたくさんお詣りしています。

徳川家康公の命により、慶長八年に創建されました。大鳥居の正面が出世階段といわれています。

【仙台 愛宕神社

仙台市太白。

米沢にあった愛宕神社が、伊達政宗の移封とともに岩出山へ、ついで仙台へ移転しました。

仙台総鎮守です。御利益は火防鎮護、辰巳歳生一代守護です。標高75mの愛宕山の頂上に鎮座しています。江戸時代の愛宕神社普賢菩薩を本尊として合祀されていました。辰巳歳生一代守護とは、八大菩薩を十二支に割り当ててその年の生まれの人を守護するという守本尊の信仰に基づきます。普賢菩薩は十二支の辰年と巳年生まれの人を守護することとし、この信仰は神仏分離普賢菩薩が除かれてからも続いています。

愛宕神社狛犬

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因みに狛犬は眷属には入らないそうです。眷属只今調べ中ですが、日光の二荒山神社の眷属が蜂だという説と、蜂は間違いと、単純ミスを指摘する説があります。ちょっと不思議で混乱しています。

どなかか知っていたら教えてください。

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