azamiの趣味 離島生活

きしべのあざみ この頃の趣味

山岳信仰 富士山と短編集

 

 

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山岳信仰 富士山 富士山そのものを神と見立てるなど、富士山を信仰・崇拝の対象とします。代表的なものとして、浅間信仰があります。その他村山修験富士講などがあります。原始山岳信仰の時代は福慈神、霊母屋神香聞、浅間大神を拝むための神殿が造られました。その後、仏教が流入し、仏教習合の時代に入ります。  富士山登拝を目的とした富士道者と言われる山岳修行者が現れる霊山信仰的性格の時代、組織体系化が進んだ山岳修行者たちによる修験霊場的性格の時代、一般庶民らによる富士山登拝を目的とした富士講・富士行人の時代、明治以降は教派神道の時代となります。教派神道に関しては前回のブログに記しています。

 

浅間信仰富士山本宮浅間大社は、水の神を祀っているとされています。しかし、木花咲耶姫が祭神となったかは不明です。浅間神社の中には、木花咲耶姫の父神である大山祇神や、姉神の磐長姫命主祭神としている神社もあります。浅間神社は浅間造と呼ばれる複合社殿形式で作られている神社もあります。浅間大神神仏習合によって、浅間大菩薩と呼ばれている場合もあります。 富士山浅間神社は噴火を抑えるために、火の神または水徳の神であるとされた木花咲耶姫を神体として勧請されました。

 

【六道】 死者の魂が岩肌や樹木の間をぬって山を登っていく様子を六道(輪廻思想で死後に出会うとされる6つの世界)になぞらえ、最後は山頂で仏になるという信仰が生まれました。その結果、山は、神と仏がいっしょにすむ、この上なく神聖な場所として捉えられるようになったのです。私の地元では、富士山に続く道を御霊道と呼んでいたのですが、旧東海道とは別の道筋で、ところどころ東海道と同じ道をたどります。しかし、この道は口伝でのみ記された道で、私は老人から聞いたのですが、兄弟たちは、まったく知らないと言います。 山岳信仰と言うのは山の民の間でのみ伝えられたことも少なくないのかも知れません。 富士信仰が発展する中で、山頂はあの世であり、また神域の中に浅間神社が複数あります。山は神そのものであり、拝むための神社が作られたとされています。

 

あざみ短編集より

あぜ道

あれは、一体何だったのだろう。
幼い日の記憶は、どこかで脚色されているのかもしれない。

母と親戚の家に行った帰り道、すっかり夜になってしまった。
「御霊道は怖いから…。」
珍しく、母がそんなことを言って迂回した。

真っ暗な田んぼのあぜ道を、小さな懐中電灯の明かりを頼りにして行く。
大きな羽根のような雪が舞っている。
向こうに集落の灯が見える。
ケーンケーンと、悲しげな鳴き声がする。
「キツネも寒いんだね。」
と、母が山を仰いだ。

「あ…。」
山肌に青い火が点々と灯っている。
「狐火。」
母が足を止めて、眺めている。

「怖いよ、行こうよ。」
闇に浮かぶ青い灯に誘われそうだった。
夢中で母の手を引いた。

「あれはキツネの葬式だよ。こう寒くちゃ、仕方がないか…。」
夜にそぐわない甲高い声。
後ろから来たのだろうか、ほうかぶりをした老人がいつの間にか横にいた。

「あ…」
母はハンドバッグをごそごそ探り、千円札を取り出した。
「そしたら、これ…。香典です。」
「そりゃそりゃ、ごていねいに。」
老人が深々と頭を下げると
「では…」
と、母が私の手を強く握り歩き出した。
途中から早足になり、走るように家へ駆け込んだ。

 

「ばあちゃんからきいてて、助かりました。」
母が言えば、ばあちゃんが笑った。
「いえいえ、あんたの機転で皆が助かった。」
そう言って頷いていた。

あれは、何だったんだろう…。

 

恐怖の泉 みのり体験談より転用

https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/575wa.html#minori8

 

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