azamiの趣味 離島生活

きしべのあざみ この頃の趣味

山岳信仰 石川県石動山

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伊須流岐比古神社

 

石動山は石川県鹿島郡能登町、七尾市、富山県氷見市にかかる標高564mの山です、山頂は中能登町にあります。

 

石動山に坊院を構えた天平寺は、天皇の御撫物の祈祷をした勅願所です。最盛期の中世には北陸七カ国に勧進地があり、院坊360余り、衆徒約3,000人の規模を誇ったと伝えられています。祭神は五社権現と呼ばれ、イスルギ修験者たちを通じて北陸から東北にかけて分社して末社は80を数える。

 

開山は古く崇神天皇6年または717年(養老元年)と伝わります。『延喜式』に伊須流岐比古神社として登場します。後に、虚空蔵求聞持法の修法や修験的な峰入り行が盛んになり、真言宗の寺院となりました。

 

衆徒が武力的勢力でもあったことや石動山が軍事的要衝に当たったこともあって、南北朝時代以降数度の兵乱に遭い、一山焦土となる焼き討ちに遭いました。

 

戦国時代末期に、前田氏により復興が図られ、全山を「石動山天平寺」と号して、元禄10年(1697)の石動山絵図に見られるような規模雄大な堂塔伽藍・僧坊が整備され、以後江戸時代を通じて、前田氏の庇護の下で慇賑をきわめ、戦国期には復興し、北陸に一向一揆勢力が勃興する中でも勢いがありました。

 

1582年(天正10年)本能寺の変直後の混乱に乗じて、越後の上杉方についていた能登畠山氏旧臣が蜂起し、天平寺衆徒とともに石動山に立て籠ったため、前田利家・佐久間盛政・長連龍らの織田軍に焼き討ちされ、再び全山焼亡しました。このときの焼き討ちは、主君織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちに似ているともいわれ、数百人の法印のみならず児童子まで、撫で斬りにしたとか、1060の首を山門の左右に掛け並べたなど、凄惨な弾圧がなされたと伝わります。

 

現在石動山には、元禄年間の棟礼を持つ伊須流岐比古神社の建物が遺存し、また、二宮道、長坂道など8つの旧参道には、各々「御下馬所」といわれる庚申塚が残っていて、これらが石動山天平寺の結界を示すものと考えられる。現在は国指定史跡となり、苔むした礎石と石垣が往時を偲ばせています。
 

【あざみ短編集】

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神様と同じクラスだった

 

私が入学した小学校は1学年に1クラス25人の、山間部の小さな学校だった。林業や、農業、兼業農家の子供たちばかり、みんなが幼馴染。


その子は初めからいた。

1番後ろの席のドアから2つ目の席だ。

ひびやなつめと言う名前で、着物を着ていた。

見慣れない子だ。

 

なつめは、クラスメイト以外には見えないことを子どもたちはすぐに気がついた。だれかが、ひとことでも話したら、なつめは学校に来れなくなる。

 

学級委員のあかねちゃんは、幼稚園のころから、みんなのリーダーだった。あかねちゃんが、みんなに『なつめちゃんのことは秘密にしよう』と、言った。

 

あたしは背が高かったので、教室の1番後ろのドアの横の席だ。

なつめちゃんは、気がつくとそこにいる。いつもにこにこ笑っていて、クラスメイトは、なつめちゃんをよく振り返って見る。

 

休み時間になると、あかねちゃんはみんなに「あまり見ないで、先生が変な顔してたでしょ」などと、注意する。1週間もたつと、子供たちは勝手に理解した。

 

なつめちゃんは、座敷わらしと言う神様だ。誰ともなく言いだした。あるいは、東北出身の親がいる子が言いだしたのかも知れないし、昔話で仕入れた情報かも知れない。きっと良いことがある。

 

私たちはとにかく、秘密を共有した。

なつめちゃんは、体育の授業に出ることもあった。フォークダンスのときに、輪の中に入っていた。手をつなぐと、氷のように冷たかった。

 

音楽室では、ピアノの音を鳴らして、あかねちゃんに叱られた。

「音を鳴らしちゃダメ。先生が来ちゃうから」

なつめちゃんは驚いた顔をして、すぐにイスから飛びおりた。

 

二学期が始まると、なつめちゃんの代わりに、ゆかりちゃんが座っていた。ゆかりちゃんは心臓が弱くて、手術をしたので、これまで学校に来れなかったらしい。

 

それからは、なつめちゃんは、誰かが欠席すると、空いた席に座っていた。それは、卒業するまで続いた。私たちのクラスの全員が、なつめちゃんのことを誰にも話さず秘密に出来たことが、クラスを団結させていた。

 

なつめちゃんは卒業写真に、におすまし顔で、しっかり写っている。

 

卒業アルバムは、幽霊が映っていると騒ぎになったらしいが、私たちはすでに卒業していた。

それきり、なつめちゃんのことは、みんな忘れ去ったと思っていた。

 

30年ぶりに開かれた同窓会に、あかねちゃんが卒業アルバムを持って来た。あかねちゃんは、町にひとつしかない病院の院長をしている。ずっといい子で、ずっと成績優秀だった。

 

「ねえねえ、ひびやなつめちゃんて、覚えてる?」あかねちゃんの話に全員が静かになった。

『座敷わらしの子、いたよね』やはり、全員が覚えていた。

 

あかねちゃんは「私たちってすごいんだよ、子供の時なのに、クラスメイト全員でひとつの秘密を共有したのは奇蹟に近い。信頼できる友達がこんなにいるんだから、この先もきっと素晴らしい人生になるわ」と、みんなに拍手を送った。

 

同窓会の会場は、町の日本料理の店だ。教師も、実力者も招かずに、クラスメイトだけが参加していた。欠席者は1人もいない。25人プラス1人。入り口の1番前の席になつめちゃんがにこにこ笑っている。なつめちゃんだけが子供のときの姿のままだ。赤い梅柄の着物に、桃色の帯。

 

はじめから、なつめちゃんの席は用意されていた。『良かった、来てくれて』

ゆかりちゃんがなつめちゃんに笑いかけた。

ひびやなつめちゃんは実在していたんだ。

子供の頃の幻のかと、思うようになっていた。

 

なつめちゃんは声を出さずに笑っているだけだけど、私たちの神様だ。心臓の手術から生還した山下ゆかりちゃんのスピーチで確信した。


「心臓の手術をした時なんだけど、知らない子が、ずっと一緒にいてくれたの。私にしか見えていなくて、誰にも話せなかった。学校に行ったら、クラスメイトの中にいて、不思議な子だなって思った。あかねちゃんに、クラスの秘密だって言われて驚いたけど、みんなと同じように秘密にしていた。でも、やっとお礼が言える。ひびやなつめちゃん、あの時は守ってくれてありがとう」

 

小笠原君が続けスピーチした「俺、町外れで、板金塗装の会社やってるんだけど、詐欺にあって会社が倒産寸前だった。なつめちゃんが、毎晩そいつの夢に出て、脅したらしい。そいつ、とうとう自首したんだ」

なつめちゃんの神様としての力は相当なものらしい。願いごとどころか、恨み辛味、仕返しまでこなしてくれる。


いまでは、TVの制作会社のオーナをしている小林幸男から、お札が配られた。

「自分もとても助けて貰った。今日は皆んなに御守りを作って来たんだ、いいよね、なつめちゃん!」


なつめちゃんは、懐から匂い袋をだして、すべてのお札の上で鈴のように振るった。

なつめちゃんが、同窓会に来たのはその時1回きりだ。


今年は卒業から50年目の同窓会だ。まだ1名も欠けていない。みんなの話では、なつめちゃんはいろいろなシーンに出現する。


孫の七五三の記念写真にちゃっかり並んでいたり、電車に乗ろうとしたら、引っ張り下された。列車はその直後、事故を起こした。友人と競馬に行ったときに、前になつめちゃんがいた。なつめちゃんと同じ馬券を買ったら大穴だった。山で滑落したが、すぐに救助ヘリに助けて貰った。ヘリの座席になつめちゃんがいた。


もう、皆んなに会う前は誰にも話さないから、溜まっちゃうよ。この日ばかりはなんでも話せる。

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