中央火口丘は妙高村の南西端にあり、標高2445.9m。中頸城郡南部にある二重式火山。一帯は上信越高原国立公園に属する。主峰は円形カルデラになっています。周囲を囲むの、赤倉、三田腹、大倉などの2.000m級の山です。
火口丘が高く鋭くそびえ、対照的に外輪山を形作る峰々が裾野に向かって緩やかに流れる様は神秘的で、越後富士とも呼ばれています。南の妙高山は阿弥陀如来の浄土としてみられていました。
また義経記」巻第七に直江の湊を出発した海上にて「妙観音の嶽より下したる嵐に帆引掛けて、米山を過ぎて」とありますが、この「妙観音」が妙高山のことといわれ、観音信仰の対象でもあったとされています。
また林泉寺を建立した際に春日山林泉寺開堂仏事法語(「越佐史料」所収)に「鎮西妙高峯、暮景懸則接受無量寿尊之寿域」とあることから、尊すなわち阿弥陀如来の浄土とされています。
阿弥陀堂跡があり、弥陀・勢至・観音の金仏が安置されていた。この三尊は、木曾義仲が祀ったと伝えられています。
現在は三尊ともに関山神社境内の阿弥陀堂に移されています。中世以降修験者によって登山道が開かれました。上越市周辺では講中をつくり、ナンボイサンと称する信仰登山が続けられています。
【菱ヶ岳】
和銅元年、裸形上人が妙高山を開基した際に、東方にある東西北面が険しい山を見つけ、「菱ヶ岳」と名付け、山上の草庵を結び薬師如来を奉納したと伝わります。薬師信仰の山です。戦国時代には山頂に上杉謙信が物見の櫓をおいたとも伝えられています。現在は、登山道が整備され、湧水「どんどん清水」(湧水量毎分130ℓ)や水芭蕉なども見ることができ、変化に富み、登山初級者も楽しめる山です。頂上からは日本海、同じく薬師信仰の米山、阿弥陀信仰の妙高山を見渡すことができます。
【あざみ短編集】
トワイライトゾーン
まさかねぇ、だれかに伝えたい。
町はずれに、小さな森がある。鎮守の森だ。森の中には古びたお稲荷さんのお社がぽつねんと建っている。
カーブを曲がると、山の向こうに夕日が沈むところだ。鎮守の森に自然に足が向いた。冬の夕日は落ちるように沈んでしまう。
普段なら、このカーブは影のように暗く感じて、早足で通りすぎるところだ。
そうよ、なんで曲っちゃったんだろう。
少し後悔した。
なにかに吸い寄せられるように暗い森に踏み入れた。音が消えた。車のエンジン音も、鳥の声も、虫たちのチリチリした鳴き声さえ聞こえない。
それでも、顔を上げて、あたりを眺めてみれば、なーんだ、気のせいか、先程と変わりない夕暮れの森に立っている。
だけど、目の前のお稲荷さんのお社は、白く美しい、真新しい木材で出来ている。 赤い生地ののぼりが何本も立って、ゆるゆるとはためいている。
ポケットを探ると、10円玉が入っていた。半分溶けかかったキャラメル。祭壇の白い紙の端にキャラメルをお供えした。だって、これしかないの、ごめんなさい。賽銭を投げ入れ、真新しい紐を揺らして鈴を鳴らした。
森全体が真っ暗になった。しまった、お賽銭なんか投げてる場合じゃない。日が落ちたのだ。
夜の鳥が鳴く声がする。
『夜鳴き鳥は怖いよ』祖母が語る昔話を思い出した。
もう、一歩も動けない。足を進めれば、カサカサと枯葉を踏んでしまう。
お稲荷さんの前に膝を抱えて座りこんだ。
ふっと気がつくと、横で心配そうに覗き込むイガグリ頭の男の子。
もぐもぐと口が動いている。
紙の上のキャラメルが消えていた。
なんだかほっとして、いつのまにか眠ってしまった。
朝になり、消防団の人たちに囲まれていた。
ちょっとしたニュースになったけど、誰かに叱られることもなかった。
それからしばらくして、夕暮れの縁側で、無償に寂しくてたまらなくなった。近所に不幸があり、みんな手伝いに行ってしまったのだ。
あたしは、ポケットに10円玉とチョコレートを持って森に入った。
すでに、暗くなっていた。寂しさがつのり、イガグリ頭の子に会いたくなった。すぐに、この間の真新しい社を見つけた。チョコレートを備え、10円玉を投げ入れた。
膝を抱えて、イガグリ頭が出てくるのを待った。
小さな物音に顔を上げると、イガグリ頭は、ばあちゃんの手を引いて、社の裏に入って行った。
あのばあちゃんが亡くなったので、家族が葬儀の手伝いに行っている。
そう言う事なのか、あたしは自然に理解した。イガグリ頭の後ろ姿には、ふさふさした尻尾が生えていた。お稲荷さんに違いない。自分と同じ子どもなのが嬉しい気がした。
ばあちゃんを神様の所に送って行ったのだ。その場で帰りを待つうちに、眠ってしまった。
2度目ともなると、思い切り叱られた。
消防団の人には、家が嫌なのかと聞かれた。
一生懸命説明したのに、嘘を言うなと、皆んなが言った。夢でも見たんだと、言う者もいた。
いくら叱られても、あたしは引き寄せられるように森に向かった。
今じゃないよ、子どもの頃の話しだ。あたしは、森で、行方不明の女の子を見つけて、表彰された。
首をくくろうと、枝にロープをかけていたおじさんを、イガグリ頭と一緒に踏み台から下ろした。
ところが、ある日、突然森が怖くなった。
世の中の事がわかるようになっていた。
尻尾が生えているイガグリは人ではない。
社は本当は古びた建物で、新築なんかじゃない。
江戸時代にこのあたりの地主さんが、建てたのだった。
「今にあの世に引っ張られるぞ」すっかり、顔馴染みになった消防団の団長に手を引かれながら、暗い夜道を帰った晩。
あれ以来、恐怖が張り付いて、森には行けなくなってしまった。
【あざみ緊急事態宣言】
コロナ禍で、老人の孤立が進んでいる。せめて、身近な老人に気を配って下さい。
いつもは、定期的に来た子ども達もコロナ禍で、様子を見に来られない。
都会では、入り口を閉して居れば、訪ねて来る者はいない。
訪ねて行くのにも気がひける。
それでも、最近見かけない近所の人は大丈夫だろうか、遠い外国の人々の心配も必要だけど、まずは近くの人の安否確認を。
家の前の鉢植えが、枯れていないか、新聞や、郵便受けの中は溜まっていないか。
せめて両隣りくらいは、気にかけたい。
顔を合わせたら、世間話しでもしてみよう。ペットの話し、買い物に不自由はないのか。
余計なお世話だと、勝手に思い込まない。
勇気を出して、隣人と関わりたい。
ほんの些細な声かけが心強く感じるほど、孤独感に苛まれている人がいる。
私は本来、人が怖くてたまらない、引きこもりがちだ。でも、身近なところで、救える命が救えなかった。ほんの少しの声かけが出来なかった。
行政の手は、自分から求めない限りは、差し出さない。多くの人に気を配ることはできないけれど、せめて、両隣、向こう三軒に孤立している人がいないか、気にかけて欲しい。
今は非常事態なのだから。