晦日って、使ってみたかったんだ。つもごりとも読みます。つもごりは月隠、月が隠れて見えなくなる様子が語源。晦日は三十でみそかと読むのが語源。古語辞典に出ています。

大晦日なんて、毎年使っていますから、古語と言われれば、ああそうだったんだと。
ついたちは、古語辞典では朔日と言うらしい。
8月1日は八朔はっさくと読みます。
苗字では、ほずみと読むそうだ。
会社勤めをしていた時に「私は11月の朔日の生まれで」と、自己紹介されたことがあり、意味が分からずさりげなくやり過ごした事があります。

40年も昔のことなのに、当時の戸惑いをありありと思い出す。日常的に、当然のように飛び出した知らない単語に動揺して、帰ってから、慌てて調べた。
朔日の生まれって、さりげなく使う人が、凄く知識人のように見えて、かっこいいと思ってしまった。どちらかと言うと、晦日のほうが、今もプレーンに使われているかもね。
昔、佐藤公彦さんが歌ってたあの歌詞、 八月 葉月の虫の音は 愛しゅてならぬと鳴きまする。
ケメですね。『とうりゃんせ』と言うタイトルだ。
調べたら佐藤公彦さん作曲、作詞は 門谷憲二さん。平戸出身の作詞家です。

古語をフォークソングの歌詞に使うことに、衝撃を受けました。当時まだ中学生だった私は、今で言う完全に中2病でした。
まさに、中学生の自己愛、現実逃避、夢見る乙女は美しい日本語に傾倒して行きました。

愛読書は『万葉長歌集』。
方やヘルマンヘッセの『デミアン』。本が好きと言うより、貪るように読んでいた頃でもあります。
役者が揃っていたと言うか、高校生になり、古文の教師が詩人で、その授業時間が待ち遠しくて、先生も見事に、素晴らしい授業をしてくれました。
あー横道にそれましたが、そんなこんなで、日常に古語を話すだけで、素敵な大人と認めて、尊敬してしまう。
まさに中2病の長患い、今に至るの始まりですね。でも、当時は多かれ少なかれ世の中も、懐古病だった。さだまさしの歌詞もそうだった。
対比するように井上陽水の楽曲が中2病を掻き立てた。小椋圭で少し落ち着き、やっと息がつけた。
そうか、あれがまさに昭和なんだ。混沌とした時代で、自分を保つのが大変だった記憶があります。
谷川俊太郎の詩集に、現代という位置を確信して、萩原朔太郎によろめく感じ。
今考えても、訳が分からない。
小説のようなドラマチックな人生は疲れるばかりだ。

自分の立ち位置を完全に見失っていた頃だ。
よく普通のおばさんになれたよなあ。
梅干しや干物を作り、裁縫をするお婆さんになろうとは、いや人生はなんとかなるもんだ。