azamiの趣味 離島生活

きしべのあざみ この頃の趣味

不器用と言われてたけど

今日も気温は22度の過ごしやすい適温です。軽い風邪を引いていたので、昨夜は6時に就寝、なんと12時間も寝てしまいました。

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快挙です。いつも5時間くらいしか寝てないので、まとめて寝てしまった感じ。体は軽いし、睡眠は大切ですね。万年寝不足は、早くボケるのだとか、最近騒がれてますよね。

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私は4人兄弟の1番下で、女の子1人で、上には3人の兄がいます。この兄貴たちは、今思えば、ちょっと普通じゃない。裁縫も編み物もお手のもの。料理もそれぞれなんの苦もなくやってのける。私の出番はなく、兄貴の編んだマフラーをして、兄貴の作っ革のショルダーバッグを下げ、髪は毎朝誰かに三つ編みにしてもらう。

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家庭科や図工の宿題など、持ち帰ると、3人が競って手を出してくる。初めて刺繍セットを持ち帰ったときには、翌朝綺麗なハンカチがテーブルに置いてあって、私は大泣きした。せっかくの刺繍セットはもう出来ない。私は20歳になるまで、雑巾も縫えなかった。

 

『おまえは、不器用だからね』と、言われ続けて、私もまさにその通り、音楽も、美術も全てやらなかった。なにか趣味でも持ちたいと、家族に内緒で町の洋裁学校に行った。

 

「あなた、不器用じゃないわよ」と、洋裁学校の先生は、出来上がったスカートを見て言った。ピアノを習いに行ったら、初心者が習うバイエルの練習曲を2週間で終わった。

 

「ふーん、あの兄さんたちの妹か」先生はすぐに次の課題に進もうとしたが、私はそこで辞めた。先生の期待感がらありありと伝わった。3人の兄貴たちは、それぞれ得意な楽器があり、この音楽教室に出入りしていると知った。そうなると、いきなり高いレベルを要求された。

 

3人はそれぞれ、陶芸家、イラストレーター、洋画家となった。進路を選ぶときには、美術か音楽か悩んでいた。私は普通に編み物も、縫い物も料理も出来るようになっていた。家族からの評価はいつも最悪だった。料理を作れば、盛り付けを直され、裁縫をすれば手を加えられる。いつも、家族に隠れてこっそりやっていた。

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今は最高に満足している。西の果ての離島で、自分の工房に一部屋まるまる使える居場所がある。夫はとりあえずなにをしても褒めてくれる。

 

昔は芸術レベルを求められていたのだ。そんなのは、天性のもの。努力ではどうにもならない。私は早くにそれを悟り、兄貴たちとは別次元を生きた。時々知識を試される。分からないと、とたんに無知扱いだ。「美術館に連れて行くけど、お前はザッキンは好きか?」

「分からない」「ジャンルくらいは分かるだろ? 今話題になってるよ」

うるさい! 世の中のことを全て知っているような上から目線。

 

でも、私は特に劣っていたわけじゃない、洋裁も、料理も工作も主婦レベルで得意と言える。芸術レベルを求める人など、世間では少数派だ『芸術家は食ない』4人兄弟の父親は、どれもそこそこ出来る趣味人だ。芸術は趣味にしておけと言った父の言葉通り、先生や社長と呼ばれていた彼らはコロナ以降生活が一変した。

 

苦しいだろうな、大変だろうな。贅沢三昧だった彼等には試練の時代だ。

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私は兄弟の安否は噂で聞く程度、心配はすれど、これも人生だと、思いを風に乗せるだけだ。老後に満足しています。海外旅行は一度行っただけ、いつか行きたいけど人生も終盤だ。

 

取り立てて取り柄はないが、努力して普通の人生を生きている。そして、楽しい。

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